信号機故障だという。
もう少しで川崎というところで電車が止まってしまった。
満員電車。みっしりと人が詰まっていて本を読むこともできない。
こういうときは、近くの人の会話に耳を澄ませて暇をつぶすに限る。

「そこの弟って言うのがね、ほんとにバカなのよ」
「この間警察につかまったんでしょ」
「コンビニで一万円札をカラーコピーしてたの。中学生にもなってほんとバカみたい。
でも、優しいところもあって、よく犬とか猫とか拾ってきちゃうのよ。
お母さんもつい飼ってあげちゃうから、どんどん家に動物が増えて」
「大変だー」

電車が動き始めた。

「あ、動いた」
「良かった、10時に間に合いそうじゃん。…そう、それでね、
そのうちの一匹が、雑種の犬なんだけどすごい頭が良くて。
買い物とか、一人で行けるの」
「なに、買い物って」
「首のところにかご提げて、中にお金とメモを入れておくと、
勝手に商店街に行って買ってくるんだって」
「うそおー。犬が?それほんとに犬の話?」
「ほんとほんと。お母さんから聞いたんだもん。
ちゃんと買って戻ってくるんだって。
この間、一回だけなかなか帰って来ない日があって
お母さんさすがに心配になって商店街に迎えに行ったら
駄菓子屋さんの入り口のところに、その犬の尻尾が見えたんだって。
それで」川崎―。川崎―。お忘れ物なさいませぬよう…
「あ、ほら降りなきゃ」
「間に合ったね」

車内の人の多くの頭に疑問符を残したまま、娘たちは降りていった。
(2006年1月9日)
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