辻邦生の小説。シンプルにして怖いですね。
炎の形の積み木を与えられた子供たちが、
小さな手の中で嫉妬の炎を育てていく様を想像してしまいました。
それは考えすぎか。

ああ、思い出してしまった。昔あった火事の話を書いても良いですか。
中学校が、火事になったときの話。

中学校二年のとき、英語の試験を受けている最中に火災報知器が鳴り渡ったのです。
リスニング試験の放送を待っている途中だった私たちは、
はじめそれが英語の先生の仕掛けた悪い冗談なのかと思いました。
本物の火事なのだと気づくまでに、ほんの少し時間がかかった。
その間に、火は強まりました。
私たち二年生の教室があった階は立って歩いて避難できましたが、
火元に近かったひとつ上の階では、煙が廊下に充満し、
一年生の生徒たちはハンカチで口を覆い、這うようにして避難したといいます。
昇降口から上履きのまま駆け出ると頭上で物の砕ける大きな音がして、
振り返ると、赤黒い火が見えました。

火元は、鍵のかかった楽器倉庫でした。
中学校の近くには消防署があったのですが、
その日はよりによって全部の消防車が出払っていた。
ようやく火が消し止められたときには、倉庫の中はあらかた焼き尽くされていて、
吹奏楽部の部員たちが大切に使っていた楽器が、皆燃えてしまいました。
私の親友が使っていたクラリネットも、
その頃好きだった男の子のトロンボーンも。

なぜ鍵のかかった倉庫で、それも試験中に火事が起きたのか、
結局わからなかった。室内にタバコや火遊びの跡など何もなかったのです。
がっくりと肩を落とす吹奏楽部の友人たちにかける言葉が見つからないまま、
この世にはどうにも納得のいかない、理不尽な暴力というものがあるということを
私は考えずにはいられませんでした。

あれからもう十年以上の時が流れたわけですが、
昇降口から見上げた火の形や、
校庭に並んで体育座りをしながら次第に弱まっていく火を見守った時間のことは
鮮明な記憶としてまだ残っています。

それと、もう一つ。
火事の後、以前よりも結束を強めて練習に打ち込んでいく
吹奏楽部の部員たちを遠巻きに眺めては、
羨望に近い思いを、密かに抱いていた私自身のこと。
そのこともまた、暗い火の記憶として
今も私の中で微かにくすぶっているような気がするのです。
(2006年3月20日)
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