2月×日
職場の近くに建つYビルの横に、サンルームができた。 全面ガラス張りで、8畳ほどもある立派なサンルームだ。 中には何も入っていないので、巨大なアイスキューブのように見える。 どうしてあんなものを建てたのか、まあ大方ビルの持ち主の道楽であろう、と 職場の上司が噂していた。 2月×日 サンルームの中に、椅子とテーブルが運び込まれた。 中に人がいるところはまだ見たことがない。 3月×日 サンルームに観葉植物の鉢植えが置かれている。 ようやくサンルームらしくなってきた。 3月×日 サンルームに色とりどりのパンジーが置かれた。 Yビルの女子社員らしき人たちが、何人か中で談笑している。 3月×日 最近はサンルームの中に人がいることが多い。 特によく見かけるのは、黒いスーツの若い男だ。 他の人々と喋るでもなく一人ベンチに座っている。なんとなく、 あの男のためにサンルームが作られたのではないか、という気がする。 3月×日 サンルームへは、Yビルの中を通らないと入れない。 Yビルに勤める会社員しか使えないわけだ。 うらやましいですね、と私が言うと、上司は 「気持ち良いのは今の季節だけ。夏になったらあんなの直射日光地獄だよ。」 と首を振った。 4月×日 暖かい一日。 4月×日 サンルームを覗くと、黒いスーツの男が、一人でパンジーに水をやっていた。 よほどサンルームがお気に入りなのだろう。 しかし遠くから見る男の表情は、何故かぼんやりと曇っているようでよく読めない。 4月×日 黒いスーツの男がサンルームに佇んでいる。 4月×日 気温25度を記録。サンルームを覗くと、黒いスーツの男が座っていた。 こんな暑い日にもやはりいるのだな、と感心しかけてふと見ると あんなにたくさんあった花や緑は、いつのまにか全て持ち去られ 代わりに、どうしたことだろう、鋭い日差しの降り注ぐサンルームの真ん中に 仕事机とノートパソコンが置かれているのだ。 よく見れば、男はびっしょりと汗をかいている。 スーツの上着を脱ぎもせず、虚ろな表情でキーボードを叩いている。 オフィス街の隙間に建てられた、全面ガラス張りの美しいサンルーム。 もしや、これは罰なのだろうか。 男はなにか仕事上の重大なミスをして、サンルームの刑に 処せられたのではないだろうか。 道行く人に覗かれながら巨大なアイスキューブの中に居続ける男。 本物の夏がやってくる前に、彼は許されるのだろうか。 |
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(2006年5月1日) |
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